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コザってどこ?Where is KOZA?コザってぬ~やが?

記事投稿者 一般社団法人 沖縄市観光物産振興協会

所在地: 沖縄県沖縄市上地1-1-1

沖縄県の中部に位置する、県下第二の市。異文化情緒あふれる沖縄市の魅力を紹介する観光情報提供施設が、ここ沖縄市観光物産振興協会です。米軍基地の影響を受けながらも、リアルな沖縄ぽさを残す街の雰囲気は日本のどこにもない戦後文化を育んできました。県内最大のアリーナ施設を擁し、エイサー、スポーツコンベンションシティ、国際文化観光、音楽のまちとして魅力を発信しています!

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みなさんこんにちは!

全国の沖縄大好きの方も、興味はあるけどまだ未体験な方も、次の沖縄旅行が倍倍に楽しくなる沖縄市の情報をお届けします。


今回は、沖縄市とセットでよく聞く?KOZA(コザ)について紹介します。
コザってどこ?市じゃないの?沖縄市コザ〇番地ってあるの?なんでカタカナなの?

よく聞かれます。

沖縄市とは?

前回、沖縄市とエイサーについて投稿していますのでよろしければこちらをご覧ください
→沖縄の夏の風物詩、伝統芸能エイサーを知っていますか?(沖縄市)
https://minna-kanko.jp/travel/area6/okinawa/171809


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コザってどこにある?

実は、沖縄のコザという地名は、太平洋戦争の戦前までは無い名前でした。

コザと呼ばれていた地域は、現在は旧コザ市の地域の事を指す場合と、国道330号線にあるコザ十字路付近から胡屋十字路付近を指す場合があります。

ここで、沖縄市観光ポータルサイトKOZAWEBからコザについての説明を引用します。

1871年(明治4年)、明治政府が施行した廃藩置県よって琉球藩は沖縄県となり、沖縄市の前身である越来間切と美里間切は、1908年(明治41年)の沖縄県及島嶼町村制の施行によってそれぞれ越来村、美里村と名称を変更。
1945年3月からの壮絶を極めた沖縄戦では、当時2万人を数えた人口の3分の1にあたる5300人が犠牲となりました。 沖縄戦終結後の1945年(昭和20年)9月には、難民収容所が設置された市町村を中心に急激に人口が増えた地域に市制が敷かれ、越来村が胡差(こざ)市となり、美里・具志川一帯が統轄されて前原市となりました。しかし翌年には市制が解かれ、再び越来村、美里村に戻ります。1956年(昭和31年)6月、越来村はコザ村(コザそん)に改称、同年7月に市へと昇格しコザ市が誕生しました。

[KOZAWEB-コザの歴史について]
https://www.kozaweb.jp/aboutKozaPages/show/12

戦前のコザ市域(越来村)は、のどかな農村地帯でした。

しかし、1945年4月1日、アメリカ軍はアイスバーグ作戦として、沖縄県の西海岸にある宮城海岸付近から一気に上陸。翌日には東海岸にある泡瀬まで到達し、沖縄市の沖縄戦はほぼ4月5日頃までには終了していました。

早い人は、4月2日から収容所での生活がスタートしていたと言われています。

1945年7月コザ第二小学校 開校

1945年7月コザ第二小学校(現在のコザ小学校) 開校 (沖縄県公文書館所蔵)

そして、この収容所ができたときにはすでに

「CAMP KOZA」(キャンプコザ)と呼ばれる地域に収容所や病院、モータープールなど長期戦に備えた施設の建設や展開がスタートしていました。(収容所は沖縄県に何か所も設置されます)

気になるのは、アメリカ軍がすでに「KOZA」という名称を使っていたこと。
え?沖縄にコザなんて地名は無かったのに?


コザって実はアメリカ生まれだった

その謎を解くべく、先人たちが色々な文書や聞き取り調査を行った結果分かったことは、

アメリカ軍がアイスバーグ作戦の地図策営の時にKOZAという地名を使っていまいした。
その理由として、
「美里村にある古謝(収容所があった)や越来村の胡屋(収容所などがあった)を混同?誤読?した可能性がある」
という説が現在は濃厚な説となり、沖縄市でもこのように説明をしています。

地図を見ながら作戦を立てるアメリカ軍兵士 (沖縄県公文書館所蔵)

皆さん、筆記体で
KOJA(古謝)とGOYA(胡屋)とKOZAを書いてみてください。
因みにアメリカの方はとても自由にアルファベットを書きます。誰かがかいた文字がもしかして、KOZAという風になりそのまま使われたのか、あるいは戦前の沖縄の集落はとても細かく分かれていたので、作戦の便宜上「KOZA」という新しいエリアを付けて作戦を展開していたのかもしれません。

 

というわけで、
現在、KOZAコザと呼ばれている地域の名前の由来は、ずばり
アメリカ軍が(間違って?)つけた地名!
というのが由来でした!

このお話をすると、歴史や文化伝統を愛する方々からは冗談だと思われてしまいますが、これ以外に理由もないのです。
そして1956年に誕生した当時、日本で唯一のカタカナの名前「コザ市」ですが、1974年には沖縄市となり地図の上からは「コザ」という地名は消えました。

けれど、今でもコザの人は親しみを込めて「コザ」と呼び、自ら「わったーコザんちゅどー(自分たちはコザの人だぞ)」と言っています。

以前、NHKの「日本人のおなまえっ!」でも「沖縄の地名編」で取り上げられ、なかなか好評の回となったようで、先日はその再放送がありました!
ご覧になった方も多いかと思います。

NHK ネーミングバラエティ「日本人のおなまえっ!」沖縄編(再放送)
放送日 8月31日(火)午前25:05~(9月1日(水)午前1:05~)から

https://www.nhk.jp/p/onamae/ts/14W3P3322N/

沖縄編の案内人はなんと、沖縄市出身の大スター!ISSAです。


沖縄市以外にも、那覇市や首里、糸満市の名前の由来も紹介していますよ。よろしくお願いします。


また、沖縄市が作成した紹介動画がありますので、ご興味のある方はこちもよろしくお願いいたします。

祝コザ市

祝コザ市の横断幕がかかるコザの街


今回も、
ガイドブックには載っていない、リアルな沖縄を感じるまち沖縄市を紹介しました。

来月も、また9月末頃に更新いたします。お楽しみに♪

 

沖縄市観光物産振興協会では、公式サイトにて沖縄市を楽しんでもらうコラム「沖縄市What!おうちで沖縄市」を更新中です。

沖縄市の気になる話題、スポットをご自宅に居ながら沖縄市を楽しんでもらえればと、毎週金曜日に更新しています。

ぜひ、次の沖縄旅行の際は「沖縄市」で過ごすプランの参考にしてくださいね。

沖縄市観光物産振興協会 公式サイト

沖縄市観光物産振興協会OCTPA

沖縄市の観光情報はこちら!沖縄市観光情報ポータルサイト

KOZAWEB(コザウェブ)

 

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沖縄県の中部に位置する、県下第二の市。異文化情緒あふれる沖縄市の魅力を紹介する観光情報提供施設が、ここ沖縄市観光物産振興協会です。米軍基地の影響を受けながらも、リアルな沖縄ぽさを残す街の雰囲気は日本のどこにもない戦後文化を育んできました。県内最大のアリーナ施設を擁し、エイサー、スポーツコンベンションシティ、国際文化観光、音楽のまちとして魅力を発信しています!

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