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コザの琉球王国物語〜首里の出城はコザにあった!?

記事投稿者 一般社団法人 沖縄市観光物産振興協会

所在地: 沖縄県沖縄市上地1-1-1

沖縄県の中部に位置する、県下第二の市。異文化情緒あふれる沖縄市の魅力を紹介する観光情報提供施設が、ここ沖縄市観光物産振興協会です。米軍基地の影響を受けながらも、リアルな沖縄ぽさを残す街の雰囲気は日本のどこにもない戦後文化を育んできました。県内最大のアリーナ施設を擁し、エイサー、スポーツコンベンションシティ、国際文化観光、音楽のまちとして魅力を発信しています!

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首里城に次ぐお城だったとして

 

廃藩置県後も、城壁やアーチ門などは戦前まで残っていたと言われており、地元の方々が拝所として大事にしていたことがわかります。

王国時代は水量も豊かだった側を流れる比謝川は、嘉手納の河口に繋がっており、おそらく物資や物流も盛んに行われていたと推測されます。また、城下の近くには、県内最大の干潟が広がる肥沃な海岸泡瀬の海も近く、泡瀬は漁港としても栄えていました。

さて、そんな大事なお城、要所だった!と書いていますがここで疑問…。

 

・・・そんな大事なお城が、なぜ今は残っていないのでしょうか。

 

そんな越来グスクの最大の危機は、第二次世界大戦。

 

ここ越来地区は、アメリカ軍が1945年4月1日に上陸するとおそらくその日のうちに攻撃を受け、占拠され高射砲が置かれたといわれ、土地を平にするために削られたと言われています。詳しいことは割愛しますが、越来の集落のお隣、美里村では集団自決も発生しており比較的早く収容所に入った方もいれば、上陸に悲観し命を自ら絶った方々もいたということです。それだけ、米軍の上陸は威圧的であり圧倒的だったことがわかります。

コザ十字路壁画_米軍工事

場所:コザ十字路壁画 戦後の様子

 

また、周辺の地質は田んぼに適していた湿地ぎみの土地。軍用道路に整備をするため、貴重な城壁は道路整備のため沈められ、現在は残っていないと調査されています。

ここもまた、戦争の犠牲になったお城だったのです。

 

現存していれば、首里の次に公式の住まいでもあった越来グスクは、もしかすると復元まではいかなくてもかなりの整備がされ、首里城を見たら越来グスクへ。とグスク巡りのポイントとなっていたかもしれません。

 

 

尚泰久の時代が、越来グスクの一番華やかだった時代とも言われ沖縄最古の歌謡集「おもろそうし」にも、

越来の綾庭に
黄金木(橘・蜜柑)を植えて
黄金木の下で
神女の中のすぐれた神女が
踊り給う様の美しいことよ
越来の奇せ庭に

海洋博公園では、園内の郷土村のシークワサーの解説にこのおもろを展示しています。

海洋博公園-おきなわ郷土村 おもろ植物園
https://oki-park.jp/kaiyohaku/inst/87/121

おもろさうし 第二巻七五 こがねげ

この琉歌で謳われている、綾庭とは「とても美しい庭(広場)」のことです。
綾庭と歌われているのは、越来グスクの解説の際にも必ず引用しています。そのくらいお城として栄えてた歴史があったんですね。

 

近世琉球史の中でも、異形を成し遂げた有名な人物を一人紹介します。
その名前は安里周當と安里周祥親子。別名、飛び安里と呼ばれています。18世紀の琉球王国で人力オーニソプターを作って飛行したと伝えられる人物です。ライト兄弟よりも早く空を飛んだと言われ、その設計図や飛行機が昭和まで残っていたようですが経年劣化や火事により消失しています。

飛び安里イメージ

イラスト:沖縄市市勢要覧より

 

現在は出身地の南風原町で展示がありますが、なんと周祥は越来に住んでおりその住まいも残っています。泡瀬やこの越来は周辺に比べ標高もあるので、飛行実験を行っていたとも言われていますが、なんと本職は王府お抱えの花火師の家系でした。おそらく廃藩置県で越来にきたのかと思われます。この越来の地で、こんな偉業を成し遂げたのかもと思うとロマンが広がります。

 


今、感じる歴史絵巻の越来グスクとその周辺

コザ十字路壁画

場所:沖縄市照屋 コザ銀天街「コザ十字路壁画」

越来グスクは沖縄市城前町にあります。
https://goo.gl/maps/CYFQJe1Kd2NBxKVV7

語り継ぐために、知って欲しい物語

周辺は、沖縄市越来、照屋といった地域と隣接しており地元の方々は、少しでも越来グスクをもっと広く知ってもらおうと資料の作成や、発掘調査の協力など惜しみません。

道路整備によってセットバックを受けた建物の壁面を利用し、コザ銀天街商店街の建物、住民の皆さんの協力を得て市が大掛かりなプロジェクトを行いました。

 

コザ十字路時代絵巻壁画

大きさ1,600㎡。国内でも大きな壁画で完成した時はさまざまなメディアでも取り上げられていました。琉球王国時代の越来村に縁のある人物、昭和に入ると米軍によって破壊される様子、本土復帰頃までのコザ照屋の黒人街、そして現在の商店街へ。大きな龍の背に乗って描かれる歴史絵巻は壮大です。

 

沖縄市観光物産振興協会の越来グスク散策の際、ガイドはまずこちらの壁画を使って解説、資料も少ない越来グスクを取り巻く人物を壁画で解説です。

 

こういった越来の歴史を伝えるためにと、沖縄市観光物産振興協会ではコザまちまーい(まち歩き散策ガイド)のプログラム
【コザの琉球王朝物語〜越来グスクを訪ねて】を行っています。

このまち歩きでは、マニアックなグスク好きの方、からこれから色々知りたい!などお客様に合わせて分かりやすくガイドを行なっています。迫力ある壁画から、今に伝わる集落の史跡、そして現在の市民の台所の商店街や商店などをコースに取り入れております。最後に立ち寄る商店は地元の方にも人気の農連市場にあるので、好評です。

詳細はこちら→http://koza.ne.jp/machimai/

 

コザの賑やかな戦後文化と対照的な越来グスクですが、ここもまたもう一つの「コザの物語り」を語る上で外せない場所であり、沖縄市の誇りの地でもあります。

 

沖縄にお越しの際は、コザのまち歩き「コザの琉球王朝物語」もご検討ください。

今回、沖縄のとりわけ琉球王国の歴史とあってあまり独特な名称などを使わないようにしましたが、登場人物や地理などは難しく感じたかもしれません。

沖縄市の観光ポータルサイトKOZAWEBには、壁画の紹介ページがあります。

沖縄市の史跡と文化財
https://www.kozaweb.jp/categoryPages/84

 

こちらは、沖縄市の商工振興課が発行しています

「コザ十字路 歴史絵巻解体新書」
https://www.city.okinawa.okinawa.jp/userfiles/oki036/files/kozajyuujiroemakikaitaisinnsyo.pdf

壁画制作などの詳しい説明があります。

 

大切な沖縄市の歴史として、意外な場所にも琉球王国の歴史があるのだと知っていただけたでしょうか。

 

越来グスク案内

 

今回は、沖縄市の琉球王国時代の紹介でした。

来月は、沖縄市のスポーツコンベンションシティについて紹介する予定です。お楽しみに。

 


参考:

 

 

沖縄市観光物産振興協会では、公式サイトにて沖縄市を楽しんでもらうコラム「沖縄市What!おうちで沖縄市」を更新中です。

沖縄市の気になる話題、スポットをご自宅に居ながら沖縄市を楽しんでもらえればと、毎週金曜日に更新しています。

ぜひ、次の沖縄旅行の際は「沖縄市」で過ごすプランの参考にしてくださいね。

沖縄市観光物産振興協会 公式サイト

沖縄市観光物産振興協会OCTPA

沖縄市の観光情報はこちら!沖縄市観光情報ポータルサイト

KOZAWEB(コザウェブ)

 

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沖縄県の中部に位置する、県下第二の市。異文化情緒あふれる沖縄市の魅力を紹介する観光情報提供施設が、ここ沖縄市観光物産振興協会です。米軍基地の影響を受けながらも、リアルな沖縄ぽさを残す街の雰囲気は日本のどこにもない戦後文化を育んできました。県内最大のアリーナ施設を擁し、エイサー、スポーツコンベンションシティ、国際文化観光、音楽のまちとして魅力を発信しています!

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